Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)

 1940年生まれ。幼少の頃から、クラシック音楽を聴いて育ち7歳からピアノを始める。
11歳の時、シカゴ交響楽団主催のコンテストで優勝。高校時代にJazzに目覚め、インプロビゼーションの理論や構造について学ぶ。
大学は、音楽を学ぼうか迷った挙句、音楽では食べていけないかもしれないと、工学を専攻。大学では単位を落しそうになるほど、音楽を貪欲に学び、演奏できる場所で出来る限り演奏した。
1960年、Coleman Hawkins(ジャズテナー奏法を確立したサックス奏者)と共演。
その2ヶ月後、クラブオーナーから電話があり、「Donald Byrdem(トランペット奏者)とPepper Adams(バリトン・サックス奏者)がミルウォーキーで演奏する。一緒にやる気はあるかい?」
もともと雇っていた別のピアニストが中西部一帯で吹き荒れていたブリザードの為、途中で立ち往生して、来れないとのことだった。
絶好のチャンス!!しかし、自分も間に合いそうになかった。それじゃあ、別の場所で演奏しようとまたもや奇跡のチャンス到来!場所を移し、Herbieは、ど緊張で演奏。Donaldは「俺たちは。気に入ったよ、俺らのバンドに入ってほしい。」
そして、Donaldらとともに、Jazzの最先端ニューヨークへ。HerbieのはJazzピアニストのスタートをきった。




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あくまで、うちのサイトはディスコなのですが
JAZZ時代だった頃にも少しだけ触れておきます。Herbieはジャズメンなので、悪しからず。

Jazz代表曲-”Watermelon Man”の誕生~                   Miles Davis Quintet時代

Donaldから、Recordビジネスのいろはを学び
大ヒットとなった“Watermelon Man”
アフリカ系アメリカ人としての体験に根差すものを書きたかったHerbie。
石畳の路地をスイカ売りの荷馬車が通るリズミック・パターンを取り入れてメロディーを
書き、funkyなアレンジを施した曲。

1963年から1968年まで、かの有名なトランぺッターMiles Davisの下、
Miles Davis (Second great) quintetとして

Miles Davis — trumpet
Wayne Shorter — tenor saxophone
Herbie Hancock — piano
Ron Carter — bass
Tony Williams — drums

トップレベルのメンバー同士刺激を受けながら、世界各地で演奏を披露し、演奏テクニックを磨いていった。

「Maiden Voyage 邦題:処女航海」
男性用オーデコロンのCMを作曲するよう依頼されたときに生まれた曲。
人々にとって親しみやすいロックに近いリズムの曲を作ろうとしていたものの、ロックミュージックにはバックビートが使われているがそれを使いたくはなかった。
(バックビートとは2拍目と4拍目にアクセントを置くスタイルのこと)
締め切りは迫っている…。恋人のジジにせっつかれて曲と向かい合った。
エンディングコードーケーデンスーオープニングコードに戻る。曲の構造が「らせん状」に循環するジャズナンバー。タイトルは、Herbieの妹の友人が命名したそうだ。
通常とは異なるらせん状の構造を持つその曲はジャズのスタンダードになった。



「Funkミュージックをやりたいんだっ!!」

「Headhunters」’73年

Miles Davis Quintet→Mwandishi bandを経てのグループ。
Columbiaからリリース。
Herbieが言うには、Jazz fank fusion bandなのだそうだ。このアルバムの代表曲である “Chameleon” は、”Home Grown”という名から改名した。
Herbie Hancock:シンセサイザー
Bennie Maupin: サックス、クラビネット
Paul Jackson:ベース
Bill Summers: ラテン&アフリカンパーカッション
Harvey Mason: ドラムってあれ?ギターが居ない…。それでいいのだっ!!と判断したHerbie。Funk bandとしては異例だ。クラビネットでギターのようなサウンドが出せると思ったとか( ̄ヘ ̄)ウーン。

ストレートなファンク・サウンドからはみ出すようになった理由の一つと彼自身も語っている。このアルバムは、シンセサイザーでファンキーなベースラインを演奏しているんだぜ!Paul Jacksonはベースのネックの上部を使ってリズムギター風の伴奏をつけているだけなんだぜ~~!( ̄ヘ ̄;)ウーン。

この「Headhunters」というバンド名、アフリカ的なイメージでジャングルを連想させるもの、セクシュアルな意味が込められたもの、若者のバンドなんだということ。で、閃いたとき、ジャングル・知的・セックスという3つのニュアンスがすべて含まれている完璧なタイトルじゃないか!!思ったのだとか。(-ω-;)ウーン。Herbieはかなり変わり者なようで…。凡人のちこjr.にはわかりまてーん(^^;

「Thrust」’74年

Columbiaからリリース。
このアルバムでは、ドラマーにスポットライトを当てた曲作りをしたかった( ̄ヘ ̄;)ウーン。ほとんどのJazzナンバーやfunkナンバーでは、ホーンかピアノでメロディーが演奏されるし、曲はソロ・インプロビゼーションを軸に構成されているが、それをドラム中心の構成にしようと思って作ったのが本作。

「Man Child」’75年

「Headhunters」としては、最後のアルバム。
Columbiaからリリース。なんといってもギターが解禁になっていることだ(^^;うん、やっぱり、ギターあってもいいよね(´▽`) ホッ。
そして、プレイヤーが豪華!!総勢20名でこの一枚を作り上げた。エレキギターのプレイヤーが、Dewayne McKnight、David T. Walker 、Wah Wah Watson。ハーモニカでStevie Wonderも共演。

はい!ちこjr.も、これを1番紹介したくて、前置きが長くなり、すみません<(_ _)>

「Future Shock」’83年(大ヒットッ!!)

初のグラミー賞ベストインストルメンタル・パフォーマンスを受賞した

“Rock It”

Herbieはわからなかった。今の若者が求めている音楽がなんなのか。
身近な若い知り合いに聞くと、Malcolm McLarenの” Buffalo Gals “。今となっては当たり前だが、当時は衝撃的だったスクラッチ。それでリズムを創り出していた。(ビニールレコードを前後に動かすと針によってスクラッチ・サウンドが生じる。)
また、カリフォルニア大学で学生コンサートのプロデューサーをしていた、トニー・メイラントにリサーチを依頼した。すると、「Bill LaswellとMichael Beinhornという2人の男がチームを組んで最先端の音楽をやっている。」Materialというバンドだった。彼らはHerbieの為に2曲分の斬新なアイデアを提案できるといった。

テープを聞くと、ここからもなんとスクラッチのサウンドが流れてきた。Herbieは、膝を叩いて「これだ!まさに俺がやりたかったサウンドだよ!」と喜び、すぐさま一緒にレコードを作った。スクラッチをしてもらう人物、ニューヨークからターンテーブリストDSTを呼んだ。出来上がったときみんな絶対にヒットすると喜んだ。

Columbiaにレコード化するにあたって披露すると、すぐに一人の男がテープを止めて「これを聴けばHerbieのファンがみんな去ってしまう、これを出したら後のキャリアは終わりだ。」Columbiaはあと一歩のところで発表を拒否するところだったという。事実、ミュージック・ビデオの制作費用負担はしなかった。ビデオを作りたければ自分たちでやってくれと通告された。



黒人臭さを表に出さないミュージックビデオの制作

ミュージック・ビデオは、曲をプロモーションする時の重量なツール。自分たちでPVを作ることになった。さて、トニーいい人いないか探して来いっ!とリサーチした結果、Kevin GodleyとLol Creme。この2人がMTVで人気のあるPVを作っていた。そして、彼らにPV制作を依頼した。Herbieはリクエストを一つだけ言った。

「どんなビデオを作るかはすべて君たちに任せる。でも、ひとつだけリクエストがある。おれは黒人臭さを表に出したくない。」

MTVは、1981年にスタートした。放送を開始して2年近く経っても誰が見ていても明白な事実があった。MTVでは、非白人アーティストのビデオがほとんどオンエアされていなかった。”Rock It”をMTVで流すことが出来れば新しいファンを開拓できるチャンスになるだろうと考えていた。
そして、できたPVは…。

2階建てのアパート住宅のショットでスタートし、続いて玄関に置いてある牛乳瓶のクローズアップになり…そこから大狂乱が始まった。クレイジーに踊るロボットの脚、巨大なロボットの鳥、頭のないマネキン、随所に挿入されるシンセサイザーを弾く私の両手、そしてスクラッチのリズムに合わせて前後左右に揺れ動くカメラワーク。

MTVに送ると、すぐさまオンエアされ、第一回MTVビデオ・ミュージックアワードの授賞式において、9部門ノミネートされ5部門受賞し1位に。Michael JacksonのThrillerは、3部門受賞し2位となった。それほど、衝撃的な音楽とサウンドだった。

お名前.com

Hiphopの到来を告げる曲となった。この曲でロボットダンス・ブレイクダンスが流行ったのは言うまでもない。。。



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ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅
VSOP(Very Special One-time Performance)時代のことや、”ROCK IT”以降のHerbieについて赤裸々に書かれています。JAZZも聴いてみようかなという方は是非!